『「良くなってるように見えた」って言われたけど…その言葉が少し、つらかった。』

「だいぶ良くなったね!」

ある日、久しぶりに会った友人に、そう言われた。

笑顔で返したけれど、心の中は、

ちょっとだけ、苦しくなった。

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見た目の変化と、内側の違和感

確かに、外見上は少しずつ良くなっている。

まぶたの動きも、口角の上がり方も、

発症当初と比べれば明らかに違う。

でも、自分の中ではまだ「治った」とは思えない。

動かない筋肉、ピリつく感覚、疲れやすさ——

“見た目”と“実感”のギャップが、もどかしかった。

「伝わらない」って、こんなに寂しいんだ

友人は、悪気なく言ってくれたはずだ。

「治ってきてよかったね」って。

でも、自分の中にある不安や苦しみは、

やっぱり伝わっていなかった。

どこか置いていかれたような、

ひとりぼっちの感覚。

心の中で、「まだなんだよ」って思ってしまう

口を開けたときの動き。

鏡の前で何度も練習する表情筋のトレーニング。

普通に見えても、まだ“努力”が必要な日常がある。

それなのに、

「もう治ったみたいじゃん」って言葉に、

自分の頑張りが消えていくような気がした。

「共感されたい」のではなく、「知ってほしかった」

同情してほしいわけじゃない。

ただ、見えていない部分にも“今”があるってことを、

少しだけわかってもらえたら、気持ちは違ったかもしれない。

頑張ってること、見えなくてもそこにあること。

だから私は、言葉を選ぶようになった

同じように悩んでいる人に対して、

私は言葉を選ぶようになった。

「よくなったね」ではなく、

「どう?無理してない?」

そんなふうに声をかけるようになった。

“見た目”が全てじゃない。

そう思えるようになったのは、

自分自身が、それに悩まされたから。

だからこそ、

これからも私は、表には見えない気持ちを、

大切にしていきたいと思う。

——「良くなってるように見えた」

その言葉を、いつか

素直に喜べる日がくることを信じて。

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